ルアール東郷での
神前式の魅力

春には咲き誇る桜、夏には風にそよぐ緑、秋には錦繍の紅葉。
四季折々に美しい表情を見せる東京・原宿の東郷の社には、
都心のただなかであることを忘れさせるほどの静けさが広がります。

至誠の神を祀る東郷神社の神前式は、巫女に先導され、境内をしずしずと進む参進から始まります。
そして神の御前で執り行う本殿式でおふたりの愛の誠の誓いを、神の間近で奉告します。
披露宴のゲスト全員のご参列がかない、みなさまに祝福していただけるのも印象的です。

御祭神の東郷平八郎命は、弘化4年(1847年)12月22日薩摩藩士東郷吉左衛門の四男として鹿児島県加治屋町でご誕生、昭和9年(1934年)5月30日午前7時、88歳で東京麹町三番町で薨去されました。 御祭神は幕末19歳で薩摩藩の海軍に入り明治維新前後の海戦に従事、明治4年(1871年)24歳の時にイギリスに留学してウースター号等で7年間厳しい訓練に耐え、船乗りとしての知識と技術を修め、海軍魂を培って帰国し立派な日本海軍士官となりました。以来戦略や国際法の勉強にも励まれ、巡洋艦浪速の艦長としてハワイがアメリカ合衆国に併合された際(1893年)や日清戦争中(1894年~1895年)の難しい国際問題等を処理し東郷の名は世界的に有名になりました。 さらに、日露戦争(1904年~1905年)では聯合艦隊司令長官として三笠艦上に「皇国の興廃此の一戦に在り、各員一層奮励努力せよ」とのZ旗を掲げ、露国のバルチック艦隊を日本海において撃滅して世界の海戦史上空前絶後の完全な勝利を成し遂げられました。 この大勝は、わが国を国難から救っただけではなく、当時ロシア等大国の植民地政策の圧力下にあった国々に、大きな喜びと希望を与えました。 大正の始めに元師府に列せられ、大正3年(1914年)から7年間東宮御学問所総裁として昭和天皇の御教育の大役を果たし、明治、大正、昭和の三朝に至誠一貫奉仕、国家の重鎮、まごころの人として、日本だけでなく世界の人々からも英雄「大東郷」と尊敬されるようになりました。昭和9年日本の偉大な世界的英雄が天寿を全うされるや「至誠(まごころ)は神に通じる」とその一生を貫かれた御徳を長く後生に伝えて顕彰するため、神社にお祀りしてほしいとの要望と献金が全国各地から海軍省に届き、この熱意に応えて時の大角海軍大臣は各界の識者にはかり、財団法人東郷元帥記念会を設立、全国民に呼びかけて国民からの浄財によって神社を創建することになりました。御鎮座地は、明治神宮に近い元鳥取藩主池田侯爵邸を選び、昭和12年9月に地鎮祭、同15年5月27日(日本海海戦で完勝した日・当時海軍記念日)に御鎮座祭が行われ、欅と檜素木、神明造檜皮葺の東郷神社が完成しました。 東郷神社では、御祭神の聯合艦隊解散の辞にある有名な「神明は唯平素の鍛錬に力(つと)め戦はずして既に勝てる者に勝利の栄冠を授くると同時に一勝に満足して治平に安ずる者より直に之を褫(うば)ふ古人曰く勝手兜の緒を締めよ」に因み、勝利の神様として御真筆からとった「勝」の字を勝利の御守『勝札』として授与しております。

神前式ギャラリー